— TL;DR —

10 年 50.4 万レースで再検定した結果、「大潮 vs 小潮で 1 号艇勝率に統計的有意差なし」 (海水場 p=0.48 / 淡水場 p=0.85 / 江戸川単独 p=0.37)。24 会場を個別に検定しても、多重検定補正 (Bonferroni) 後は有意な会場ゼロ。「大潮で荒れる」は実データに現れない。一方で副次発見として 「7 月の海水場 1 号艇は淡水場より +4.56pp 強い」という構造的バイアスが浮上 (z=8.55, p<0.0001)。気温・水温・無風の合わせ技と推測。

通説 ─ こんな話、聞いたことありませんか?

「今日は大潮だから江戸川は荒れるよ」
「満月の夜は逆転決着が多い」
「春の海水場は 1 号艇が飛ぶ」

競艇場で、SNS で、先輩から、耳にする「季節と潮の話」。ボートレースのファンなら一度は聞いたことがあるはずだ。気持ちはわかる。月と潮汐は物理的に連動してる。大潮の日は満干差が最大になって、海水場の水面は確かに変わる。理屈として影響しても不思議じゃない

でも「理屈として有り得る」と「実際に起きている」は別の話。

そこで BOATCRAFT 編集部は 2016 年から 2025 年までの 10 年分、503,873 レース を総ざらい。「季節 × 潮 × 着順」を統計的に検証した。結論を先に言うと:

「大潮で荒れる」「潮で勝率が変わる」は、10 年分のデータには現れない。

検証の準備 ─ 水質分類・月齢・統計検定

1. 24 場を「水質」で分類

潮の影響を受けるのは海水・汽水場だけ。まず全 24 場の水質を整理した。

水質場数会場
海水10平和島 / 常滑 / 鳴門 / 丸亀 / 児島 / 宮島 / 徳山 / 下関 / 若松 / 大村
汽水5江戸川 / 浜名湖 / 蒲郡 / 津 / 福岡
淡水9桐生 / 戸田 / 多摩川 / 三国 / びわこ / 住之江 / 尼崎 / 芦屋 / 唐津
月別の海水場と淡水場の1号艇勝率の折れ線グラフ
図:月別1号艇勝率。海水場(金)が淡水場(青)を年中上回り、差は7月に最大+4.56pp。潮の干満ではなく水質×季節が効いている。

※ 注: 江戸川は「川」だが、河口近くで東京湾の海水が逆流するため 汽水 (感潮域)。蒲郡は三河湾だが汽水分類、津は伊勢湾だが汽水分類。唐津は河口近くだが上流側プール式で淡水。本検証では全 24 場の水質を 1 つの統一基準で分類している。

2. 月齢 (大潮・中潮・小潮) を計算

天文学的な synodic period (29.53 日) に基づき、新月・満月・上弦・下弦を算出。

503,873 レースを分類すると、大潮 136,509 / 中潮 230,200 / 小潮 137,164 となった。

※ 分類について: 標準的な日本の潮汐分類は「大潮 / 中潮 / 小潮 / 長潮 / 若潮」の 5 段階だが、本検証では「大潮 vs 小潮」の二値比較に焦点を当てるため、長潮・若潮はサンプル数確保のため中潮にまとめた 3 分類で集計している。

3. 統計的検定

帰無仮説 H0: 大潮と小潮で 1 号艇勝率に差はない。これを 2-sample 比率検定 (z-test) で検定する。p 値 < 0.05 なら「差があると断言できる」、0.05 以上なら「偶然と区別できない」。

I.大潮 vs 小潮 ─ 水質別に再検定

全 10 年・503,873 レースで水質別に大潮 vs 小潮の 1 号艇勝率を比較した結果:

対象大潮小潮p 値判定
海水場 全体 (n=115,287)55.17%55.37%−0.21pp0.482差なし
汽水場 全体 (n=56,141)52.04%52.19%−0.15pp0.717差なし
淡水場 全体 (n=102,245)52.80%52.86%−0.06pp0.848差なし

差、大きくても 0.2pp 程度。1,000 レースやって 2 回違うかどうかのレベル。p 値もすべて 0.4 以上と、偶然の揺れと完全に区別がつかない数字。

解説: 統計では p<0.05 が「有意差あり」の目安。p=0.48〜0.85 というのは「2 回に 1 回〜10 回中 8〜9 回はこれくらいの差が偶然でも出る」という意味で、とても「潮の効果」と呼べる水準ではない。

統計メモ:海水(n=115,287)・汽水(n=56,141)・淡水(n=102,245)のいずれも大潮vs小潮の差は±0.2pt以内、z値は最大でも-0.70(海水)。10年分のデータ量を持ってしても「潮の効果」を検出できる水準には遠く及ばない。

江戸川 / 鳴門 / 児島 ─ 潮の名所も個別検定

全体平均だと潮の影響が薄まるかもしれない。そこで 江戸川だけ、鳴門だけ (瀬戸内海の激しい潮流)、児島だけで個別に検定した。

大潮小潮p 値判定
江戸川 (n=10,116)46.93%46.04%+0.89pp0.369差なし
鳴門 (n=10,805)47.30%47.46%−0.16pp0.868差なし
児島 (n=11,449)55.20%55.49%−0.30pp0.750差なし
大潮と小潮の1号艇勝率を比較した棒グラフ
図:大潮 vs 小潮の1号艇勝率。海水場・淡水場・主要3場いずれもほぼ一致し、全ケース p>0.3=統計的に差なし。

江戸川ですら p=0.37。競艇界で「一番潮が効く」と言われる場で、10 年のデータを見ても 通説を支持する証拠は出なかった。

「じゃあ月齢予想は全部ウソ?」 ─ いや、そう単純じゃない

ここで誤解を避けたいのだが、「差がない」と「絶対に差がない」は別の話。

統計的に言えるのは:

逆に言えば、1 日 10 レースとかの単位では、偶然のブレで「潮が効いたように見える」ことはよくあるということ。たまたま大潮の日に荒れると「やっぱり潮だ」と記憶に残るが、小潮でも同じ確率で荒れている。経験則は、ノイズを有意な信号だと勘違いしやすいという認知バイアスの典型例と言える。

II.24 会場すべてを個別に検定すると

水質でまとめると差なし、主要3場でも差なし。では 24 会場それぞれを単独で検定したらどうなるか。会場ごとの水面の広さ・地形は全く違うので、どこかに潮の効果が隠れていてもおかしくない。

会場大潮 勝率(n)小潮 勝率(n)p 値
下関57.68% (5,355)60.32% (5,502)-2.64pt0.005
平和島42.40% (5,323)44.99% (5,604)-2.59pt0.007
浜名湖49.24% (5,914)50.86% (5,985)-1.62pt0.077
尼崎56.68% (5,536)57.91% (5,574)-1.23pt0.191
宮島54.61% (5,647)55.70% (6,077)-1.09pt0.236
福岡52.94% (5,497)53.56% (5,674)-0.62pt0.510
唐津52.29% (5,682)52.86% (5,329)-0.57pt0.547
常滑55.14% (5,938)55.63% (6,098)-0.49pt0.590
徳山61.85% (5,963)62.21% (5,949)-0.36pt0.682
児島55.20% (5,486)55.49% (5,963)-0.30pt0.750
三国52.79% (5,662)53.08% (5,539)-0.29pt0.761
多摩川51.29% (5,908)51.56% (5,562)-0.28pt0.766
びわこ50.98% (5,573)51.18% (5,561)-0.20pt0.833
蒲郡54.14% (5,693)54.32% (5,703)-0.19pt0.843
鳴門47.30% (5,247)47.46% (5,558)-0.16pt0.868
住之江57.35% (5,557)57.46% (5,454)-0.11pt0.906
若松55.29% (5,670)55.35% (5,847)-0.05pt0.954
芦屋60.45% (5,856)60.29% (5,930)+0.16pt0.856
桐生50.51% (5,914)50.13% (5,751)+0.38pt0.684
江戸川46.93% (5,316)46.04% (4,800)+0.89pt0.369
56.59% (5,874)55.27% (5,685)+1.32pt0.153
戸田43.22% (5,842)41.85% (6,015)+1.38pt0.130
大村63.97% (6,265)62.33% (6,071)+1.65pt0.058
丸亀55.72% (5,791)53.35% (5,933)+2.38pt0.010
統計メモ:24会場を個別に検定すると、下関(-2.64pt, p=0.005)・平和島(-2.59pt, p=0.007)・丸亀(+2.38pt, p=0.010)の3場が単独ではp<0.05になる。ただし24会場を同時に検定すれば、本当は効果がゼロでも偶然だけで平均1.2場(24×0.05)はp<0.05になる計算。3場の方向も統一されていない(下関・平和島はマイナス、丸亀はプラス)。多重検定の標準的な補正法であるBonferroni補正(有意水準を検定数24で割る: 0.05/24=0.0021)を適用すると、3場とも基準に届かず、24会場のどこにも潮の効果は残らない

「個別に見れば有意な会場がある」ように見えても、24 回も検定すれば偶然だけでいくつかは "有意" になる。これは統計学で「多重検定の問題」と呼ばれる典型的な罠で、経験則が生まれる仕組みそのものとも言える。「あの会場は潮が効く」という噂は、こうした偶然の当たりから広がった可能性が高い。

副次発見: 7 月の海水場 1 号艇 +4.56pp

潮の検証では通説を否定する結果だったが、月別に見ると もう一つ面白い発見があった。月ごとの「海水場 vs 淡水場」の 1 号艇勝率差 (全12ヶ月):

海水場淡水場
1 月55.22%52.81%+2.41pp
2 月55.52%53.15%+2.37pp
3 月56.80%53.66%+3.14pp
4 月55.78%53.07%+2.71pp
5 月56.39%52.91%+3.48pp
6 月56.11%52.75%+3.36pp
7 月55.34%50.78%+4.56pp ⭐
8 月54.49%51.97%+2.52pp
9 月54.79%52.70%+2.09pp
10 月54.31%52.64%+1.67pp
11 月55.51%54.36%+1.15pp
12 月54.69%53.78%+0.91pp
統計メモ:7月の海水場(n=18,176)と淡水場(n=16,874)の1号艇勝率差(55.34%→50.78%)が偶然で生じる確率は事実上ゼロ(z=8.55, p<0.0001)。12ヶ月すべてで海水場が淡水場を上回っており、この基本差自体は年間を通じて頑健。7月はその中でも突出して差が最大化する月。

7 月は、海水場の 1 号艇が、淡水場より +4.56pp も勝率が高い。これは潮ではなく、気温・水温・水面の相互作用の可能性がある。夏の海水場は (塩分による浮力で) 軽量選手を後押ししつつ、波が穏やかで内側が有利に働く、といった複数要因の合わせ技。第 2 弾以降で深掘り予定。

結論 ─ 通説「潮で着順変動」は、データには出ない

データが言えること

  • 大潮・小潮で1号艇勝率に統計的有意差はない(海水p=0.48/汽水p=0.72/淡水p=0.85)
  • 江戸川ですら潮別差はp=0.37、偶然の範囲
  • 24会場を個別に検定しても、多重検定補正(Bonferroni)後は有意な会場ゼロ
  • 「海水場は淡水場より1号艇が強い」の基本差は12ヶ月すべてで存在(+0.9〜+4.56pp)
  • その差は7月に最大化する(z=8.55, p<0.0001)

言いすぎ注意

  • 大潮/中潮/小潮の3分類は簡易版。長潮・若潮は中潮に含めている
  • 7月の海水優位の背景(水温・気温・波の穏やかさ)は仮説段階、要因分解は未検証
  • 24会場中3場は単独ではp<0.05だが方向が不統一で、多重検定の偶然と判断
  • 過去10年の傾向であり、個別レースの結果を保証するものではない

❌ 数字にならなかったこと

  1. 「大潮だから荒れる」
  2. 「満月の夜は逆転決着」
  3. 「小潮だから堅い」

BOATCRAFT の予想モデルでの扱い

つまり、アプリに「大潮だから 1 号艇が危ない!」みたいな表示を入れる予定はない。根拠のない情報でユーザーを誤誘導しないため。

検証データ: 2016-01-01 〜 2025-12-31、503,873 レース (BOATCRAFT データベース) / 月齢計算: 天文学的 synodic period 29.530589 日 / 統計検定: 2-sample proportion z-test、多重検定補正はBonferroni法 / 最終更新: 2026-07-08

経験則を、確率に変える。

「大潮だから」「満月だから」── 競艇の通説は数えきれない。BOATCRAFT は 27 年分・約 880 万件のデータで一つ一つ検証し、本物の信号だけを予想モデルに組み込む。
次の 検証ラボ #02 は「チルト 3 度のロマンは本物か」を 10 年 70 万レースで検証。

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