定説 ── 「持ちペラ時代の 1 号艇は強かった」
長く競艇を見てきたファンは、しばしばこう言う。「昔の 1 号艇はもっと勝った」「持ちペラの頃は 6 割、7 割が当たり前」「江戸川は 8 割なんて時代もあった」。そして決まって、こう続く。「あの頃は駆け引きがあった。前付けでコースを奪い合って、引き波にハメて、ダンプで弾き飛ばして……今みたいに枠なりで大人しく回るレースじゃなかった」と。
この昔話には、二つの主張が混ざっている。ひとつは 「昔の 1 号艇(イン)は勝率が高かった」という数字の話。もうひとつは 「昔のレースは駆け引きが激しかった」という雰囲気の話。後者はロマンの領域だが、前者は ── データで白黒つけられる。BOATCRAFT のデータベースには 2002 年からの全国 24 会場、のべ約 100 万レース分の結果が入っている。さっそく遡ってみよう。
検証方法 ── 「枠番」と「進入コース」を分けて数える
今回のカギは、「枠番」と「進入コース」を区別することだ。
- 枠番:スタート前に割り当てられる 1〜6 号艇の番号。「1 号艇」はこの枠番のこと。
- 進入コース:実際にスタートを切る位置。前付け(コース取り)で、1 号艇が 2 コースに押し下げられたり、6 号艇がインを奪ったりする。枠番と進入コースは、必ずしも一致しない。
そこで 3 つの指標を、2002〜2025 年の各年で計算した。
- 進入 1 コースの 1 着率:実際にインを取った艇が勝つ確率(=インというコースそのものの強さ)
- 枠番 1 号艇の 1 着率:1 号艇が勝つ確率(=みんなが「1 号艇」と呼ぶときの勝率)
- 1 号艇のイン取得率:1 号艇が進入でインを確保できた割合(=前付けで奪われずに済んだ割合)
対象は 2002-01-01〜2025-12-31、全国 24 会場、着順が 1〜6 で確定したレコード。この 3 本を並べると、「1 号艇がなぜ昔は弱く、今は強いのか」が分解できる。
検証① ── 1 号艇の 1 着率、20 年史
まず結論のグラフから。赤が 1 号艇(枠番 1)の 1 着率、金が 進入 1 コースの 1 着率、青が 1 号艇のイン取得率。縦の点線は、後で効いてくる 3 つの制度改革だ。
| 年 | 1号艇(枠番1) 1着率 | 進入1コース 1着率 | 1号艇の イン取得率 |
|---|---|---|---|
| 2002 | 23.2% | 26.5% | 73.7% |
| 2005 | 24.4% | 27.6% | 80.8% |
| 2009 | 28.7% | 33.0% | 81.9% |
| 2012 | 39.0% | 40.2% | 95.0% |
| 2015 | 44.8% | 45.6% | 97.3% |
| 2018 | 53.4% | 53.9% | 98.4% |
| 2025 | 54.6% | 55.0% | 98.9% |
2002 年、1 号艇の 1 着率はわずか 23.2%。約 4 回に 1 回しか勝てていない。「6 割、7 割」どころか、その 3 分の 1 だ。そこから年を追うごとに一直線に上がり、2018〜2020 年あたりで 55% に到達して、現在は 54.6% で頭打ちになっている。
「強かった」のではなく、むしろ 弱かった。
「6〜7 割」という記憶は、おそらく 今の数字(55%)を、さらに大きく覚え違えたものか、あるいは 大村のような一部のイン天国の会場の印象が、全体の記憶にすり替わったものだろう。では、なぜ昔のインはこんなに弱かったのか。理由は二つある。
検証② ── 要因 1:インというコースそのものが弱かった
表の真ん中の列、進入 1 コースの 1 着率を見てほしい。これは「枠番 1 号艇」ではなく 「実際にインを取った艇」が勝つ確率だ。前付けの影響を外して、インというコースそのものの強さを測っている。
その数字も、2002 年は 26.5%。今の 55% の半分以下だ。つまり昔は、誰がインを取ろうと、インというコース自体が勝ちにくかった。理由は、当時の競艇が 「まくり全盛」だったから。
- 伸び型ペラ(持ちペラ):選手が自前のプロペラを持ち込み、直線の伸びを徹底的に磨けた時代。アウトから一気に加速してまくる「アウト屋」が成立した。
- パワーのあるモーター:出力が高く、外から差し・まくりが届いた。
- 結果、インを取っても外から抜かれる。インは「安全地帯」ではなかった。
当時は 阿波勝哉・澤大輔といった名うての「アウト屋」が活躍し、6 コースからまくる派手なレースが現実的な戦法として成立していた。ベテランが語る「駆け引きの競艇」は、この "インが絶対ではない" 構造があってこそだった。雰囲気の話のほうは、実は正しい。
検証③ ── 要因 2:前付けで、インを奪われていた
もう一つの要因が、いよいよ 前付けだ。表の右の列、1 号艇のイン取得率を見ると ── 2002 年は 73.7%。つまり昔の 1 号艇は、約 4 回に 1 回、前付けでインを他艇に奪われていた。今(98.9%)とは別世界だ。
「コース取りの激しさ」を別の角度から見てみる。1 艇でも枠と違うコースに動いたレースの割合を年ごとに出すと、こうなる。
| 年 | コース取りが起きたレースの割合 |
|---|---|
| 2002 | 81.6% |
| 2009 | 65.4% |
| 2010 | 51.9% |
| 2012 | 38.1% |
| 2018 | 26.7% |
| 2025 | 19.8% |
2002 年は 5 レースに 4 つでコース取りが起きていた。まさに「駆け引きの競艇」だ。それが今は 5 レースに 1 つ。ベテランの記憶どおり、昔のレースが格闘技みたいに激しかったのは、本当だった。
では、インを奪われた 1 号艇はどうなったか
ここが、この記事のいちばん面白いところだ。前付け全盛期(2002〜2009 年)の 1 号艇を、「インを守れたレース」と「前付けでインを奪われたレース」に分けて、勝率を比べてみる。
| 1号艇の状況(2002〜2009) | 対象走数 | 1着率 |
|---|---|---|
| インを守れた | 233,674 | 29.3% |
| 前付けでインを奪われた | 58,434 | 12.8% |
インを奪われた瞬間、1 号艇の勝率は 29.3% → 12.8% へ。2.3 倍の差、ほぼ半分以下に沈む。当時の 1 号艇にとって、前付けは「されたら終わり」の死活問題だった。「4 号艇でも前付けしてインを取った奴が勝つ=前付けで勝負が決まっていた」── ベテランが語るその実感は、データにくっきり刻まれている。
① インそのものが弱く、② そのインすら 前付けで奪われていた ── 二重苦だった。
検証④ ── 「江戸川 8 割」は、本当にあったのか
ベテランの証言で最も具体的だったのが 「江戸川は 1 号艇 8 割の時代もあった」。これも名指しで確かめよう。江戸川(荒れ水面で有名な日本唯一の河川コース)の 1 号艇 1 着率を、年ごとに出した。
| 年 | 江戸川 1号艇 1着率 |
|---|---|
| 2002 | 34.8% |
| 2008 | 39.3% |
| 2015 | 41.0% |
| 2024(24年間の最高) | 51.2% |
| 2025 | 46.8% |
江戸川の 1 号艇 1 着率は、2002 年で 34.8%、24 年間で最も高かった年(2024 年)でも 51.2%。8 割に達した年は、一度もない。それどころか江戸川は、今でも全国で 1 号艇が勝ちにくい会場のひとつだ(全国平均 55% に対し 47〜51%)。荒れ水面という性格は、20 年前も今も変わっていない。
記憶のなかだけで、インは 勝ち続けていた。
なぜインは王国になったのか ── 3 つの制度改革
では、23% だった 1 号艇は、どうやって 55% の絶対王者になったのか。グラフの縦線、3 つの制度改革が分岐点だ。
① 2009 年 5 月:待機行動の改正 ── 前付けが死んだ
スタート前の蛇行や時間稼ぎが禁止され、先に基準線に達した艇からイン順に並ぶルールになった。これで 前付け(助走を取ってのコース取り)が事実上できなくなり、「枠なり進入」が主流に。グラフの青線(イン取得率)と、コース取り率が 2009→2012 年にかけて急変しているのが、この効果だ(コース取り率 65%→52%→38%)。
② 2012 年 4 月:持ちペラ廃止 ── アウト屋が消えた
選手が自前で持ち込んでいたプロペラが廃止され、ボート場が貸し出す共通ペラに。伸び型に磨き上げた「まくり専用兵器」が使えなくなり、機力が均一化した。アウトから一発のまくりで勝つスタイルが成立しにくくなり、「アウト屋」は絶滅危惧種になっていく。
③ 2014 年 12 月:出力低減モーター ── まくりが届かない
最高出力を 1 馬力下げたモーターが導入され、3 周のタイムが約 2 秒遅くなった。パワーが落ちたぶん、外から差し・まくりが「届かない」。インが先マイしてしまえば、後ろからは抜けない ── 逃げ天国の完成だ。
この 3 つが重なって、「アウト屋が消え」「1 号艇がインを守れるようになり」「まくりが届かなくなった」。インが弱い理由(要因 1)も、奪われる理由(要因 2)も、両方が同時に解消された。だから 1 号艇は 23% から 55% へ、20 年かけて駆け上がったのだ。これは言い換えれば、「アウト屋と駆け引きが消えていった 20 年」の記録でもある。
結論
- 「昔の 1 号艇は 6〜7 割」は記憶違い ── 2002 年の 1 号艇 1 着率はわずか 23.2%。今(54.6%)の半分以下で、むしろ昔のインは弱かった。
- 弱かった理由は二重苦 ── ① インそのものが弱い(進入 1 コース 1 着率も 26.5%=まくり全盛)+② 前付けでインを奪われる(イン取得率 73.7%)。奪われた 1 号艇の勝率は 12.8% まで沈んだ。
- 「江戸川 8 割」は 24 年間ゼロ ── 江戸川の 1 号艇は 2002 年 34.8%、最高でも 51.2%。8 割の年は存在しない。荒れ水面の性格は今も昔も同じ。
- 王国を作ったのは 3 つの制度改革 ── 待機行動改正(2009)で前付けが死に、持ちペラ廃止(2012)でアウト屋が消え、出力低減(2014)でまくりが届かなくなった。
- でも「駆け引きの競艇」は本当にあった ── 2002 年はコース取り率 81.6%(5 レースに 4 つ)。ベテランの語る "格闘技みたいな競艇" は、データもはっきり認めている。
ベテランの昔話のうち、「勝率」の記憶は、データと逆だった。1 号艇は昔のほうが弱かった。でも ── 前付け、コースの奪い合い、引き波、ダンプ。あの "駆け引きの競艇" が確かに存在したことは、コース取り率 81.6% という数字が、むしろ証明している。記憶違いだったのは勝率だけで、あの時代の迫力そのものは、本物だった。
でも「あの頃は駆け引きがあった」は ── データも認めている。
データに関する注記
- 対象は 2002-01-01〜2025-12-31 の全国 24 会場・のべ約 100 万レース(BOATCRAFT データベース)。着順が 1〜6 で確定しなかったレコード(フライング・失格・欠場など)は除外。
- 古い年ほど収録レース数が一部限定的(2002〜2017 年は年あたり約 3〜3.8 万、2018 年以降は約 5.2 万=ほぼ全レース)。上昇トレンドの向きと水準は頑健だが、2017→2018 年の段差には収録範囲の変化も一部含まれる。
- 「枠番」と「進入コース」を分離して集計。進入 1 コースの 1 着率=実際にインを取った艇の勝率、枠番 1 号艇の 1 着率=1 号艇の勝率、イン取得率=1 号艇が進入でインを確保できた割合。
- 「コース取りが起きたレースの割合」は、その回で 1 艇でも枠番と進入コースが異なったレースの比率。軽微な入れ替わりも含むため、いわゆる狭義の「前付けレース」より高めに出る。年次の減少トレンドを見る指標として用いている。
- 制度改革の年月:待機行動改正=2009 年 5 月、持ちペラ廃止=2012 年 4 月、出力低減モーター導入=2014 年 12 月。本記事はこれらを因果の分岐点として参照しているが、各年の上昇幅をいずれか一つの制度のみに帰属させるものではない。
関連記事 / 合わせて読みたい
- 検証ラボ #10 ─ 1 コースが強い会場・弱い会場ランキング(現在の会場別イン勝率)
- 検証ラボ #08 ─ 「軽いほど有利」は本当か(体重神話)(同じ "どんでん返し" 型)
- 競艇カルチャー #04 ─ 待機行動と前付けの歴史(2009 年改正の中身)
- 競艇カルチャー #02 ─ 競艇 70 年の歴史(制度の変遷)
- 会場ガイド ─ 江戸川(荒れ水面の理由)
- 予測手法 ─ BOATCRAFT が枠番と進入をどう扱うか
検証データ:2002-01-01 〜 2025-12-31、全国 24 会場・のべ 約 100 万レース(BOATCRAFT データベース)/ 指標:進入 1 コース 1 着率・枠番 1 号艇 1 着率・1 号艇イン取得率・コース取り発生率・前付け期の 1 号艇勝率分解・江戸川の年次 1 号艇 1 着率 / 最終更新:2026-06-16